2016年4月14日と16日の2回、震度7の地震が益城町を襲った。余震も長い期間続いた。震度1以上の余震は、2年間でなんと約4500回を記録した。県下では多くの人が亡くなった。熊本地震で気になったことは、直接死の4倍以上の人が震災関連死であることだ。行政の取組みで震災関連死を減らすことが出来なかったのか、非常に残念な結果になった。ここは震災遺構の一つで潮井神社である。建物から1mぐらいの近さに神木の大榎があった。神木の真下の地盤で右横ずれ(地面の破壊)を起し神木は倒れた。地表にあらわれた地表地震断層の長さは約8m、縦ずれの沈下は約70㎝である。
上の写真は神木の根っこがいくつもの石をつかんでいる画像である。大きい石は1トンぐらいであろうか。潮井神社の神木と言われるものであるが、3年が経過し木自体がだんだん腐れかけている。折角「震災遺構が国の天然記念物」に認定されたわけで非常に残念なことである。石をつかんだ根っこも腐れ、神木は近い将来、影も形もなくなるのであろうか
この川は活断層の名前にもなっている、布田川です。源流域は熊本地震で被害が大きかった西原村である。布田川と断層は関係があるのか。今後の調査で関係性がわかるかもしれない。崖に赤土が見えているが、下が、ASO3の地層で今から約12万年前に噴火した阿蘇火砕流堆積物である。その上にASO4(9万年前)の溶岩が堆積している。熊本は阿蘇溶結凝灰岩(阿蘇火砕流堆積物)と赤井火山で出来た砥川溶岩のおかげで「日本一の地下水都市」になったと言われている
上の画像は堂園地区の畑、あぜ道がクランクになっているのがよくわかるかと思います。この農地は、なんと驚く2m50㎝の右横ずれ(地面の破壊)が発生したと言われています。堂薗の横ずれが一番大きい地表地震断層になりました。近くにあった、3トンの石碑が8mも放物線を描くようにぶっ飛びました。地震の凄まじい破壊力を感じないわけにはいきませんね。堂園地区は建物の7割が倒壊しました。
上の写真は谷川地区のある自宅(現在は益城町所有)の敷地を上空から撮影したものです。この屋敷には、不思議な現象が現れています。ここの敷地内で地面が上がったり下がったりしています。横ずれが2カ所、縦ずれが2カ所確認することができます。赤い点線がVの字なっていますが、Vのところの土地が隆起しました。上の左横ずれ断層のところが約80㎝あがりました。下の右横ずれ断層のところが約40㎝上がりました。同じ敷地内で地表に出た地表地震断層は、国内外でも極めて珍しく貴重な共役断層です。共役断層とは90度程度、断層の向きが逆向きを示すものを言います。ここにも、激震が発生しましたが、瓦は1枚も落ちませんでした。なぜ、被害がなかったのか、それは地震前に耐震補強をしていたからです。少ない費用で、被害を少なくすることはできます。家具や冷蔵庫などは凶器になりますので、頑丈に固定してください。常日頃、あらゆる災害に細心の用心を