4月26日から天守閣の内部に入れる予定であったが、コロナの影響で延期されることになった。4月26日から多くの観光客で賑わうであろう天守閣内部が待ったをかけられている。非常に残念ではあるが、コロナは人命に係わることなので延期もやむを得ない。人命と言えば、熊本地震では前震も本震もたまたま夜であったので、人的被害はなかった。もし昼間の地震ならば多くのケガ人が出たであろう。今度、完成した熊本城天守閣は非常に地震に強い造りになっている。天守閣にかかる負荷を約3割低減させる装置をいろいろな所に48カ所に設置した。各種の制振装置や耐震装置は7種類にもなる。クロスダンパーや耐震ブレースなどなど。


熊本城は戦国時代の智将である、加藤清正公により築城された。広さはなんと、周囲5.3キロ、東京ドーム21個分の広さを有する。天下人でもない清正公がこれだけ大きい城郭を造れたのは奇跡的と言えるであろう。さて、清正公の熊本城は1607年に完成したと言われている。清正公の熊本城は1877年の西南戦争で焼失した。熊本地震で激しく傷んだ天守閣は1960年に完成したものである。令和3年に出来た天守閣は三代目となる。清正公の天守閣は木造建築なので、重量は軽かったが、2代目は鉄筋コンクリート造で重かった。6500トンとも7000トンとも言われている。では地震にはどんな建物が強いのでしょうか。屋根、頭が軽いほうが強いと言われている。三代目の天守閣の最上階は90トンを60トンに30トン軽くしている。30%以上も軽くするのは大変な技術が必要であったと想像される。大小天守閣の全体の重さは5700トンと言われている。


熊本城は茶臼山という軟弱地盤に築城した。茶臼山は阿蘇の溶岩(阿蘇溶結凝灰岩)が分厚く堆積している。天守閣のある本丸には40m阿蘇溶結凝灰岩が堆積している。この溶岩は弱いので天守閣の基礎杭は47mの深さにいれている。軟弱地盤は一長一短があります。メリットは籠城に欠かせない井戸などの掘削は楽だったかもしれない。だから120基も城内に掘ったと想像する。一方デメリットは何が考えられるか、それは地盤が弱いことです。弱い地盤の上に石垣を造り、その上に建物を造れば地震に強い物にはなりませんね。熊本地震で石垣や建物の被害がひどかったのは地盤の弱さが原因かもしれません。


三代目の天守閣は耐震装置や制振装置を見れるところがあります。これも熊本城の見所の一つです。小天守の穴蔵に井戸があります。ここの井戸には何が溜まっているでしょうか